投球障害肩のアスレティック・リハビリテーション

山脇啓司:野球における野球肩:アスレティックトレーナーの立場から  臨床スポーツ医学臨時増刊号 2012,Vol.29:137-146より

当院での投球障害肩に対する取り組み

当院でのアスレティックリハビリテーション(以下アスリハ)実施に当たっての取り組みは、受傷からどのぐらいの期間が経過しているのか、週間投球数、試合スケジュール、投球のどの相でどの部位に痛みを感じるのか。受傷以前に投球フォームの変更・修正を行っていないか。調子の良い時と受傷時の投球フォームで選手自身が自覚する感覚の違いなどを問診する。

次に、肩関節16項目 1~3)、体幹4項目、骨盤・股関節7項目 4)、合計27項目からなる身体機能評価(表1)を行っている。肩関節に関しては左右を比較した上で投球側を対象に、体幹、骨盤・股関節に関しては両側を対象に評価し、各項目が陽性に該当しなければ1点とし計35点満点で評価している。

可動域は、Ellenbecker 5),Wilk 6),Meister 7)により報告されているように特に投手の場合、投球側外旋可動域は非投球側外旋域に比べ増大し内旋可動域は減少する傾向にある。上肢外転90°での投球側内旋可動域に加え、投球側と非投球側の回旋全可動域(total rotational motion)が等しいか評価している。

最後にタオルを持たせてシャドウピッチング(疼痛が強い場合には実施しない)で投球フォームを確認、または疼痛時のビデオ資料などがあれば確認する。調子が良い時に撮影した投球フォームがあれば持参してもらっている。この資料によって選手本来の投球フォームと受傷時の投球フォームの違い、その選手の特徴を確認・整理することができ、その後のリハビリやコンディショニングを進めるうえで非常に役立つ。

問診で受傷までの状況を把握し、身体機能評価によって運動連鎖の破綻につながる可能性のある諸問題の有無を確認する。さらにシャドウピッチングやビデオ資料などを参考に、肩の障害原因がオーバーユースによるものなのか。体力的レベルに問題があるのか。身体機能の低下によって運動連鎖の破綻が生じ、本来の投球フォームと違った乱れたフォームに陥って障害が発生したのか。技術的な投球フォームの不備によって障害が発生したのか推測する。

 

アスレティックリハビリテーションの実際

アスレティックリハビリテーションとは、患部のリハビリと患部以外のコンディショニング維持のためのプログラムをいう。患部の炎症所見が強い急性期には疼痛を誘発する動作は中止させ、スポーツドクターと連携しドクターサイドによる注射や消炎剤投与、トレーナーサイドでは物理療法による疼痛管理と疼痛を誘発しない範囲内で段階的に肩甲胸郭関節の機能訓練を行っている(写真1)。患部の急性症状が治まってきた段階で腱板筋群の強化、関節固有覚の訓練を取り入れている。

写真1

 

腱板筋群の強化を行う場合には、肩甲骨が安定する位置(retraction)に調整し、腱板筋群が効果的に活動するようにしている 8)。投球動作で大切な肩甲上腕関節の安定性を得るには、上腕骨頭と肩甲骨関節窩が適合した状態(求心位)が保たれていることが大切と考えている。そのためには腱板筋群や肩甲骨周囲筋群の筋活動を高める訓練だけではなく、上腕骨頭の動きに協調した関節窩の動き(dynamic stabilization)を高める訓練も取り入れている(写真2)

写真2

 

リ・コンディショニングは、前述の身体機能評価から運動連鎖の破綻に繋がる体幹や下肢に機能低下が見つかれば、患部の疼痛管理を行っている時期から患部に負担をかけないように配慮し、機能の改善を目的としたトレーニングを行っている。

またコンディショニングプログラムは、特に新入生など体力アップが必要な選手に対しては、体力レベルに合わせたトレーニング強度と種目、トレーニング期間を設けてもらうために監督・コーチと話し合っている。特に中学・高校生には効率的な投球フォームに繋がるように、プログラムの中で股関節の可動性の向上と筋力強化、体幹の安定性と胸郭の柔軟性向上プログラムを重点的にアドバイスしている。更に、投手に必要な全身持久力と瞬発力、野手に必要な瞬発力・パワーを高めるトレーニングなどチームの要望に応じてトレーナーをチームに派遣しプログラム作成・指導も行っている。

選手がアスリハやコンディショニングを実施する際に、体幹・骨盤の安定性に関与しているローカルマッスル(腹横筋、多裂筋、骨盤底筋群、横隔膜)の活性を促す意味で必ずトレーニング前にドローインを行うように指導している。 また、人体の3つの面(矢状面、前額面、水平面)も意識させプログラムを実施するようにしている。このことにより安定性・バランスの改善に効果的に役立つと考えている。

患部のアスリハ、コンディショニングの向上に伴う身体機能の改善(身体機能評価スコアは25点以上を目安にしている 表1)、体力レベルの向上が得られた時点で再度シャドウピッチングを行い投球フォームの確認をする。この時点 で投球フォームに改善がみられ、選手自身が“通常の投球感覚”が得られていれば、下半身主体の動作を意識させたネットスローイング(表2)を開始し、投球フォームの確認・再獲得を目指す。以後、段階的にネットスローイングのスピード強度と距離を増やし、疼痛なくある程度投球フォームが一定した時点でインターバル・スローイングプログラム 9,10)へ移行する。

表1 身体機能評価

2 ネット投げプログラム
段階 距離 強度 投球数 頻 度 指 標
Step 1 3m 40% 25球 1日おき2回実施  投球時、翌日に痛みや強い張りがなければ次の段階へ
Step 2 3m 50% 30球 1日おき2回実施  投球時、翌日に痛みや強い張りがなければ次の段階へ
Step 3 5m 60% 30球 2日投げ1日休養

2回実施

 問題なければインターバル・スローイングプログラムへ

 

スローイングプログラム

スローイングプログラム実施にあたってスピード強度(速度)と投球距離に注意してプログラムを進めている。スピード強度に関しては、肩障害のない投手を対象にスピードガンを使用して最高球速と指示したスピード強度(速度)を 比較した研究によると、50%と指示した場合で実際のスピード速度は最高球速の83%、75%と指示した場合では90%と、いずれも指示したスピード強度と選手が実際に発揮するスピード強度には大きな違いがみられたという報告がある11)。したがって、リハビリ過程の選手に関しても指示したスピード強度よりも選手が発揮している強度の方が大きくなる場合も考えられ、選手とコミュニケーションを図りながらスローイングプログラムを進めることが必要と考えている。

 

遠投距離

投球距離に関しては、遠投は筋力や筋持久力、可動域の改善、スピードアップの目的などでトレーニングやアスリハの最終段階で取り入れることがあるが、ピッチング動作と遠投動作の比較や肩・肘関節に障害を負った選手がリハビリとして遠投を行う場合の適切な距離に関しての研究は少なくGlenn 12)らによる肩関節障害を負っていない大学生投手を対象にした研究によると、平坦なグランドからの最大距離(約80m)による遠投動作は、マウンド(18.44m)からの投球動作に比べ肩・肘関節により大きな力やトルクが生じ、フットコンタクト時での肘屈曲角増大、体幹上部の傾きの増大、ステップ側の膝屈曲減少ならびにステップ幅の減少を上げている。さらにコッキング期での肘屈曲角、肩外旋角の増大およびボールリリース時における体幹前傾角、膝屈曲角の減少を報告している。彼らは、年齢やスキル、ポジションに応じた適切な遠投距離を導きだすにはさらなる条件下での研究が必要としたうえで、現段階では55mまでの距離を推奨している。したがって、肩関節障害を負った選手のリハビリに遠投を取り入れる場合には、年齢や筋力、スキルなどを考慮し、また投球フォームを再構築する段階からしても、単に遠投距離を伸ばすために投球軌道を極端に高くした遠投は前述した両投球動作間の違いからも当院では慎むように指導している。

投球フォームへの介入

機能の改善や体力の向上が得られたにもかかわらず受傷時と変化のない投球フォームや、選手自身がイメージしている投球動作ができず肩関節に負担が加わるフォームの場合には、選手と話し合い(できれば監督・コーチも含め)投球フォームへの介入を行う。投球フォームを修正する場合には、問題となっているであろうと思われる姿勢や動作を抽出し、一連の投球動作から切り離し、できる限り投球動作に類似したトレーニングを考案し、最初はゆっくりとした動きで正確な動作を反復させる(写真3)。トレーニングの際には動作をビデオ撮影し、選手に自分の感覚と実際の動きを確認させながら動作の改善を図っている。最後にネットスローイングを反復させスムーズな運動連鎖が可能になるようにフォームを修正している。修正にあたり心がけていることは、下半身の躍動感とスムーズな体重移動(並進運動)、骨盤・体幹の捻り(回旋運動)、上半身では非投球側のグラブの使い方を含めた投球側の腕の振りを重視し“型にはめたフォーム修正”をするのではなく、選手個々の特徴をできる限り尊重するようにしている。

写真3

 

投球フォームへの介入は必要最小限とする

筆者は日米のプロ野球でトレーナー、コンディショニングコーチとして在籍中、多くのピッチングコーチの指導を間近で見ることができた経験から、トップレベルのコーチでもフォームを修正することの難しさを痛感している。監督やコーチ以外のスタッフがフォームに介入する場合には、選手を無用な混乱に陥らせないためにもできる限り野球を熟知している医療スタッフやトレーナーがフォームの介入に関与することが望ましいと考えている。

また機能の改善や体力の向上に伴い、受傷時には関節に負担が加わる投球フォームであった選手が、介入なしにフォームの改善や疼痛が軽減・消失した症例を当院では多々経験している。したがって、たとえ受傷時の投球フォームが肩関 節に負担が加わりやすいフォームであったとしても最初から投球フォームを修正することは慎み、患部のアスリハ、機能低下部位の改善とコンディショニング向上を試み、投球フォームへの介入は必要最小限にすべきと当院では考えている。

 

再発予防への取り組み

投球障害肩に対しての再発予防にはいくつかのポイントがあると考えている。オーバーユースを避けるためには、投球練習は投球数を決めて取り組む。試合のスケジュール調整や、試合に投げられる投手を学生の場合は各学年1人、チームとしては最低3~5人用意することが望ましい。投球数の増加やランニングを含めた練習量の増加に対して身体機能の回復を促す意味でストレッチングの徹底、ジョギングなどを練習スケジュールの中に取り入れること。最低週1回の完全休養を取ることの重要性を指導者に限らず選手も十分認識することが、予防の観点からも選手の能力を引き出すためにも大切な要素と考えている。

また年間活動スケジュールは、技術トレーニングだけに偏ることなく準備期、試合期、移行期に合わせた体力トレーニングも取り入れ1年間を通して継続することが大切と考える。特に肩甲帯・股関節の柔軟性・筋力など体力の個人差による問題に対しては、チーム全体で取り組むことが大切です。特に新入生には柔軟性の獲得と体幹の安定性、セルフケアの大切さを教育し、入学後2ヵ月間は技術練習よりも基礎体力強化に比重を置いて練習に取り組むことが障害を最小限に抑え、個人やチームの成果を上げることに繋がると考えている。

現在、日本野球機構(プロ野球)とアマチュア野球連盟の間で徐々にではあるが指導方法や技術の交流・試合などが行われるようになってきた。このことは野球界のさらなる発展のために非常に喜ばしいことである。今後さらに交流を 深め、障害・再発予防、選手育成の観点からも正しい技術指導、正しいトレーニングや身体のケアを選手が受けられるように、両団体の尽力によって将来的には年齢や競技レベルに応じたテクニカルコーチ、フィジカルコーチのライセンス制度のような統一されたシステムが導入されることを筆者は願っている。

 

 参考文献

1) Pappas AM et al: Rehabilitation of the pitching shouder  Am. J. Sports Med. 13 : 223-235, 1985.

2) 原正文:復帰に向けて何を目安にどう選手に指導したらよいか-肩の投球障害を中心に- 関節外科 22 (9) : 117-122, 2003.

3) 原正文:スポーツ選手の不安定肩の診察法 臨床スポーツ医学 22 :1353-1360, 2005

4) 藤井康成ほか:マルアライメント症候群の予防-骨盤のMobilityの新しい評価法の有用性-臨床スポーツ医学24 : 1301-1307, 2007.

5) Ellenbecker TS, et al.: Glenohumeral joint total rotation range of motion in elite tennis players and baseball pitchers. Med. Sci. Sports Exerc. 34 : 2052-2056, 2002

6) Wilk KE, et al.: Current concepts in the rehabilitation of the overhead throwing athlete.   Am. J. Sports Med. 30 : 136-151, 2002.

7) Meister K, et al.: Rotational motion change in the glenohumeral joint of the adolescent/Little leaque baseball player. Am. J. Sports Med. 33 : 693-698, 2005.

8) Kibler GG, et al.: Evaluation of apparent and absolute supraspinatus strength inpatients with shoulder injury using the scapular retraction test. Am. J. Sports Med. 34 : 1643-1647, 2006.

9) Reinold MM, et al.: Interval sport programs: guidelines for baseball, tennis, and golf.   J. Orthop. Sports Phys. Ther. 32 : 293-298,2002.

10) Michael A, et al.: Data-Based Interval Throwing Programs for Baseball Players. Am. Orthop. Soc. Sports Med. 2 : 145-153, 2009.

11) Wilk KE, et al.: Shoulder injuries in the overhead athlete.   J. Orthop. SportsPhys. Ther. 39: 38-52, 2009.

12) Glenn S. F. et al.: Biomechanical Comparison of Baseball Pitching and Long-Toss:Implications for Training and Rehabilitation.   J. Orthop. Sports Phys. Ther. 41.:.296-303,.2011

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