疲労は脳が原因
地方へトレーニング指導に行き、帰京列車の時間まで少しあったので本屋に入り、疲労を科学した本『すべての疲労は脳が原因』梶本修身著(集英社新書)を見つけました。
スポーツと疲労は切っても切れない関係にあるので、非常に興味があり読んでみました。
疲労の原因は実は脳にあり、感じているのは脳
以前疲労の原因は、運動などにより筋肉や血液中に乳酸が溜まると体内が酸性になり、疲労が起きると考えられていました。その理由は、運動の強度が高くなると主に糖質(糖代謝)を利用してエネルギーを作りますが、エネルギーを産生する過程で血液中や使われている筋肉内に乳酸が増えてくるため、乳酸が疲労の原因と考えられていました。しかし、体内に乳酸が増加するということは糖質を利用してエネルギーを産生しているためであり、運動能力が低下するのはエネルギー源となる糖質が減少したことが原因と近年になり分かってきました。運動蓄積された乳酸は疲労物質ではなく、主に心臓の筋肉などでエネルギーとして再利用されています。
それでは『疲労』はどの場所でどのように起きるのでしょうか?
実は疲れるのは脳の間脳にある ”自律神経の中枢” と言われる『視床下部』と大脳辺縁系の前部に位置する『前帯状回(ぜんたいじょうかい)』という場所です(図参照)。激しい運動などでこの部分が活発に働くと脳細胞に活性酸素が発生し、脳や体内で処理しきれなかった活性酸素が酸化ストレスとなって脳に疲労を起こし、本来の自律神経の機能が低下し『疲労』が起きます。
しかし、活性酸素が直接『疲労感』をもたらすのではなく、脳の神経細胞が活性酸素で酸化されることにより脳細胞内に老廃物が増加します。この老廃物が疲労因子(ファティーグ・ファクター)と呼ばれるたんぱく質で、この疲労因子が増加してくると ”身体が疲れた” と自覚するそうです。疲労を自覚する部分は前頭葉の前頭前野にある『眼窩前頭野(がんかぜんとうや)』が自覚部分であることが解明されています。
脳や身体では、活性酸素によって増加した疲労因子に対抗して疲労の回復を促す疲労回復因子(ファイティング・リカバリー・ファクター)というタンパク質を出して疲労の回復、軽減に努めています。
疲労の原因は “脳細胞に活性酸素が発生し酸化ストレスによって、自律神経の本来の機能が低下してしまう” ためだったのです!
ちなみに、疲労因子と疲労回復因子を発見したのは東京慈恵会医科大学ウイルス学講座の近藤一博教授です。2008年に国際疲労学会でこれらの因子を報告されました。疲労の解明に貢献された日本人ドクター近藤先生、素晴らしいですね!
「飽きる」「疲れる」「眠くなる」「視野が狭くなる」は脳疲労のサインだそうです。そう感じた時には、脳の情報処理能力が低下しているので、少し休息を取ることが大切と警鐘しています。長時間のスポーツ反復練習や作業などでこのようなサインを感じた時には、一度休憩を取って脳と筋肉を休めてあげることが練習効率を高め、けがの予防になります。
疲労回復に効く成分『イミダゾールジペプチド』
2003年に民間企業、自治体、学術機関が連携して、どのような成分が疲労に効くか科学的・医学的な検証が行われました。
その結果『イミダゾールジペプチド』というアミノ酸結合体の成分が最も効果的だったことが分かりました。この成分は、鳥の胸肉やマグロ、カツオなどの食品に含まれ、酸化ストレスを軽減する抗酸化作用があり、疲労軽減効果が明らかになりました。抗酸化作用を持つ成分は他にもビタミンA、C、Eやポリフェノールなどもありますが、イミダゾールジペプチドが酸化ストレスに対する持続力は長く、他と比べ持続力にかなり違いが見られるそうです。
1日に200mgを摂取するのが有効で、鳥の胸肉であれば100gに相当します。
また、運動中もしくは直後にクエン酸を摂取すると疲労回復に効果的です。筋肉や脳、肝臓など代謝の活発な細胞にはミトコンドリアという非常に小さな器官が数百から数千存在すると言われています。このミトコンドリアは体内に取り込まれた酸素を利用しクエン酸回路(エネルギー代謝)から糖質や脂質、乳酸を分解しエネルギーの基となるATP(アデノシン3燐酸)を作ります。酸化ストレスによって疲労が蓄積してきた時にクエン酸を補給すると、クエン酸回路が活発になり疲労の回復に役立ちます。
疲労感のマスキング
疲れたと感じるのは前頭葉にある前頭前野の眼窩前頭野だということを先ほど書きました。ヒトは動物と比べ前頭葉が発達して大きくなったため、時として疲労感というアラームを「意欲」や「達成感」で簡単に隠してしまうことがあるそうです。疲れていても運動することで脳に脳内モルヒネ様物質が放出されると疲労感を隠すマスキング作用が働き「隠れ疲労」が蓄積される危険を伴うそうです。少し乱暴な言い方ですが、根性論だけでは疲労を回復することはできない。疲れを蓄積し慢性疲労に陥らないように注意するには、適切な休養(睡眠)と栄養を日々しっかり取り、脳や身体を休めてあげることが大切ということなのでしょう。